出題年:2003年
出題校:東京大学
問題文
私たちは,情報革命の時代に生きており,世界の一体化は,ますます急速に進行している。人や物がひんぱんに往きかうだけでなく,情報はほとんど瞬時に全世界へ伝えられる。この背後には,運輸・通信技術の飛躍的な進歩があると言えよう。
歴史を振り返ると,運輸・通信手段の新展開が、大きな役割を果たした例は少なくない。特に、19世紀半ばから20世紀初頭にかけて,有線・無線の電信,電話,写真機,映画などの実用化がもたらされ,視聴覚メディアの革命も起こった。またこれらの技術革新は,欧米諸国がアジア・アフリカに侵略の手を伸ばしていく背景としても注目される。例えば,ロイター通信社は,世界の情報をイギリスに集め,大英帝国の海外発展を支えることになった。一方で,世界中で共有される情報や,交通手段の発展によって加速された人の移動は,各地の民族意識を刺激する要因ともなった。
 運輸・通信手段の発展が,アジア・アフリカの植民地化をうながし,各地の民族意識を高めたことについて,下記の9つの語句を必ず1回は用いながら,解答欄(イ)を用いて17行(510字)以内で論述しなさい。

 スエズ運河 汽船 バグダード鉄道 
 モールス信号 マルコーニ 義和団
 日露戦争 イラン立憲革命 ガンディー

解答例

スエズ運河の開通や運輸技術の発達はアジア・アフリカへの距離と時間を短縮して列強の進出を加速し,ドイツが敷設権を得たバグダード鉄道など資本投下の対象としての鉄道は,帝国主義の分割競争を激化させた。鉄道は列強の資本の浸透を可能として伝統的産業や社会の破壊と市場化も進展させた。モールス信号の開発を契機とするケーブル網の発達と,マルコーニの無線通信の発明は,列強の帝国主義政策の推進と支配の強化に利用された。義和団事件においてその情報は直ちに列強に伝達され,各国の協調による早急な鎮圧を可能とした。しかし一方で運輸・通信手段の発展は,民族運動の結合や広範囲の連帯に寄与して民族運動を高揚させる要因ともなった。汽船航路や鉄道網の整備はムスリムのメッカ巡礼を盛んとし,ワッハーブ派の復古主義運動や,アフガーニーのパン=イスラム主義思想のイスラム各地への伝播を可能としてイスラム世界各地の民族運動を刺激した。日露戦争の日本の勝利の情報は,通信網によって世界に伝達され,イラン立憲革命などアジア各地の民族運動を高揚させた。ガンディーは非暴力不服従運動への民衆動員や国際世論の支持獲得に,視聴覚メディアを巧みに利用した。


解題

東京大学の論述問題で試されるのは、些末な情報の暗記の有無ではなく、時代状況に関する全体的な理解と、出題者の意図を読み取る読解力、及び読み取った内容から適切な答案を作成する論理構成力である。
そのため、東京大学の第一問には長いリード文と指定語句が付属する。問題のメインテーマは通常、リード文の最後の文章か段落で示されるが、そこにいたる前文指定語句に、テーマを補足し、出題者が意図する解答に誘導するヒントが示されている。そのヒントをいかに有効に読み取り、用いることが出来るかが勝負となる。それでは実際に2003年度の問題を解題してみよう。


問題のリード文の最後の段落にメインテーマが記される。

運輸・通信手段の発展が,アジア・アフリカの植民地化をうながし,各地の民族意識を高めたこと

がメインテーマである。この文章から、書くべきテーマが大きく4つあることがわかる。

テーマ1 運輸手段の発展が、アジア・アフリカの植民地化をうながした
テーマ2 通信手段の発展が、アジア・アフリカの植民地化をうながした
テーマ3 運輸手段の発展が、各地の民族意識を高めた
テーマ4 通信手段の発展が、各地の民族意識を高めた

である。
次に、このテーマを追求していくためのメモの基本構造を考えると、以下に示すようになる。




さて、骨格が固まったところで、リード文と指定語句を手掛かりに、書くべき内容を考察していく。

テーマ1:運輸手段の発展→アジア・アフリカの植民地化
テーマ1については、指定語句にスエズ運河バグダード鉄道がある。リード文の「人や物がひんぱんに往きかう」や「運輸・通信手段の新展開が、大きな役割を果たした例」などと関連してスエズ運河を考えると、スエズ運河によってヨーロッパとアフリカ・アジアの距離と時間が短縮されたことが、書くべきテーマとして見えてくる。また、バグダード鉄道については、資本投下をめぐる列強の帝国主義競争の典型的な事例であることから、テーマ1に用いた。また「世界の一体化」が言われるが、「世界の一体化」が、先進工業地域による他地域の経済的従属をもたらしたという近年の流行の見解を考慮して、鉄道建設が列強による資本進出と経済の従属化をまねいたことについても言及した。

テーマ2:通信技術の発達→植民地化
テーマ2については、リード文の「有線・無線の電信」と「ロイター通信社は,世界の情報をイギリスに集め,大英帝国の海外発展を支える」から、まず電信網の構築が、列強の植民地支配の強化につながったことを指摘すればよいことがわかる。その際、指定語句に「モールス」があるので、これを有線の電信網の発達と、同じく指定語句の「マルコーニ」を無線電信と結びつけて説明する。次に、具体例が欲しいところであるが、これについては指定語句の「義和団事件」を用いる。義和団事件は、列強による八ヶ国連合軍によって鎮圧されたが、このような列強の協調を可能にした背景として、当然、情報伝達の迅速化があることに思い至れば良い。

テーマ3:運輸技術の発達→民族意識の高揚
リード文に「交通手段の発展によって加速された人の移動」とあり、指定語句に「汽船」がある。これについては東京書籍の教科書のp244に「19世紀の汽船の時代を迎えてメッカへの巡礼者は急増し、イスラム世界の人的交流は大きくすすんでいた。この巡礼者をつうじて、ワッハーブ派の思想は全イスラム世界に大きな影響を与えた。19世紀の後半になるとイスラム世界の政治改革を提唱する思想家が輩出した。その一人、アフガーニーは、イスラム世界の政治的統一を追求するパン=イスラム主義を唱え、広くイスラム世界に説いてまわった」という記述があり、帝国書院の教科書p271にも「イスラム改革の動きは、汽船交通網の発達で世界各地から訪れるようになったメッカへの巡礼者を媒介として急速にイスラム世界に波及した。イラン出身のアフガーニーは、イスラム改革と全ムスリムの連帯をめざすパン=イスラム主義を提唱して大きな影響を与え」の記述があるので、この内容をまとめる。

テーマ4:通信技術の発達→民族意識の高揚
リード文に「世界中で共有される情報」があり、指定語句に「日露戦争」と「イラン立憲革命」がある。日露戦争の日本の勝利の情報が、イラン立憲革命を初めとするアジア各地の民族運動を刺激したことについてまずまとめておく。次いで、リード文の「写真機,映画などの実用化がもたらされ,視聴覚メディアの革命も起こった」の記述と指定語句の「ガンディー」に注目する。ガンディーは、それまで一部エリートのものであったインドの独立運動に「民衆を動員」(東京書籍p302)したが、その際、ヒンドゥーの行者の姿をしたガンディーの写真や記録映画は、民衆を動員し、世界の世論の支持を得るために活用された。教科書などに必ず掲載されているガンディーの写真が、当時どのような宣伝効果をもったかに思い至ればよい。

こうして導き出した内容は、順次、以下に示すようにメモに整理していく



このようにして書くべき事項がメモに整理できれば、後はそれを文章にまとめていけば、答案のできあがりである。
トライしてみよう。