ワイルド(1856-1900)
へロデ王の娘で洗礼者ヨハネに異常な愛欲を抱き、舞踏の披露の報酬にヨハネの首を要求したサロメの伝説に取材した『サロメ』や『ドリアングレイの肖像』で有名なイギリス耽美主義の代表的作家。イギリスのカルトバンド“ザ・スミス”の元ボーカリス卜にしてイギリスの若者たちの最も尊敬する人物でもちろんホモのモリッシーが崇拝する人物。こんなネタばかりで申し訳ない。誤解のないよういっておくと僕はストレー卜でそちらの趣味はない。背徳の天才としてヨーロッパ社交界の寵児となるも、39歳の時アルフレッド=ダグラスという若い貴族と愛人関係になり、その父親から非難されたために訴訟したところ逆に男色罪で投獄され、2年後に出所した時には名声も失い、セバスティアン=メルモスと変名してフランスにわたり、飲んだくれの生括を続けた挙げく、パリの安ホテルで死んだ。死因は遠く20歳の頃かかった梅毒が脳に及んでの脳膜炎である。一部の人の夢をまたまた壊してしまうかもしれないが、人間の複雑さを示すためにあえて付け加えておくと、この人が傑作童話「幸福な王子」の作者です。