「こうして見ると、東巨という画家は、さまざまな絵の間違いを、わざ(・・)(傍点原作ママ)と描いているように思えますね」
「わざとだって!」
「藁の猫」(『亜愛一郎の転倒』所収)
「けれども、ただ似ているだけでは、少しも驚かなかったでしょう。程度の差はあるにしろ、これまで何人ものそっくりな人を見せられていましたから。僕が箱森さんを一と目見て、自分の目を疑い、天地がひっくり返るほどの驚きを感じたのは、そうです。箱森さんは一生懸命、珠洲子さんに似せ(・・)まい(・・)(傍点原作ママ)としていたからに他なりませんでした」
「似せまい、ですって?」
棚田が頓狂な声をあげた。
「珠洲子の装い」(前掲書所収)
「人間がかばに変相するのは大変むずかしいでしょう。猿に化けるなら少しは楽かもしれない。人間の男が人間の女に変相するのならもっと楽になります。男が同年輩の男に変相するなら、大分楽です。最後に自分が自分に変相するのが、最も楽な仕事でありましょう。ということで、加茂珠洲子さんは、加茂珠洲子さんに変相することに決めたのです」
犯人は意外ではなかった。その夜、教創社の編集者勤野麻衣子はエッセイスト岩下瑞穂のマンションを訪れ、彼女の次作についての打ち合わせをおこなった。用件を終えた麻衣子はマンションをあとにし、吉祥寺駅前のカフェテリアで食事。その最中に意を決し瑞穂のマンションへと引き返した。
麻衣子は下駄箱の上にあった置物で瑞穂の頭部を殴り、殺害。部屋にあがり翌日になってから暖房が効きはじめるようにエアコンのタイマーを設定すると、瑞穂の仕事机の上にあったピザを食べ、会社に戻った。
「私はここで待ってる」不二子が後ずさる。「なんとなく見るに耐えない。正直―こういう重たい結論になるとは想像してなかったのよ。ピンチになったら読んで」
キリエと摩耶もドアから離れた。
祀島くんがドアを開き、中に入っていく。私も、すこし躊躇したあと、つき従った。
祀島くんはふり返り、「久世さん、ちょっとお願いが。眼鏡を取ってみてください」
「厭だ」と云いながら微笑している。「だって俺、消えちゃうんだよ」