出題年:96年
出題校:東京大学
問題文
18世紀後半にイギリスで始まった産業革命は,世界全体に工業社会の到来をもたらし,現代世界の形成に大きな役割を果たした。そのさい,人々はイギリスの覇権を「パクス=ロマーナ」(ローマの平和)になぞらえて「パクス=ブリタニカ」と呼んだ。しかし,「パクス=ブリタニカ」の展開には,さまざまな地域において,これに対抗する動きが伴った。現代世界はこのような対抗関係を重ねるなかで形作られたとも言えよう。そこで,19世紀中ごろから20世紀50年代までの「パクス=ブリタニカ」の展開と衰退の歴史について,下に示した語句を一度は用いて,15行(450字)以内で述べよ。なお,使用した語句に必ず下線を付せ。
自由貿易 南京条約 アラービー=パシャ 3C政策
マハトマ=ガンディー 宥和政策 マーシャル=プラン スエズ運河国有化
解答例
世界の工場となったイギリスは清朝にアヘン戦争を行い,南京条約を締結して市場の拡大を求めるなど自由貿易政策を推進した。しかし第二次産業革命への転換が遅れて米独に脅かされると,「世界の銀行」として資本輸出を目的とする帝国主義を推進し,エジプトで起こったアラービー=パシャの乱を鎮圧するなど,アフリカ縦断政策とインド政策を結びつける3C政策で勢力圏の拡大を図った。しかし第一次世界大戦を機にインドでマハトマ=ガンディーが非暴力不服従運動を展開するなど,植民地の政治的経済的自立傾向が強まると,覇権が揺らいだイギリスは自治領の協力を求めて大英帝国を英連邦に改変し,世界恐慌ではブロック経済政策を取った。ナチスの台頭には宥和政策で対処したが,第二次世界大戦を引き起こし,これを機に植民地独立の形勢が決定的となった。戦後はマーシャル=プランの受け入れで経済的にアメリカに従属し,エジプトのスエズ運河国有化に反対して行ったスエズ出兵は,米ソを初め各国の反対を受け撤退を余儀なくされ,イギリスの覇権は終わった。(447字)