王陽明(1472-1529)
明代の儒学者。北宋の程の「万物一体の仁」の思想と南宋の陸九淵の「心即理」説とに影響を受け、陽明学を創始。代々続く学者の家に、明の高級官僚の子として生まれる。科挙合格のために幼少より朱子学を学ぶも、官学的形式的な朱子学になじめず、一時仁侠・兵法・詩文・道教・禅宗などに耽溺。28歳で進士に及第して官僚となるも、35歳の時、悪宦官を批判して、貴州省の山奥の竜場に左遷。ここで心即埋・知行合一・致良知(全ての人間の中に存在する<良知=是非の判断能カ>を実行すること)の陽明学の思想の原型を得る。これを竜場の一悟という。致良知の思想は、心の奥底にたしかめて非である時は、孔子の言葉でも是とはしない、というものである。主知的な朱子学は、一部のエリートしかできないが、致良知の思想は誰にでも実行できる。陽明学はこれにより最底辺の人にまで広がっていく。中央政界に復帰後は、主に軍事畑をあゆみ、天才的な軍略家として、流賊の取り締まりや反乱の鎮圧に活躍し、ことごとく勝利をおさめて、ついに兵部尚書となった。