02年7月31日 夏休み
早朝5時30分に起床してしまう。体内時計が29日までの5日間の6時前出勤のままである。ポケモン映画を観に行く約束を子供たちとしていたのを思いだし、ホームページでチェック。埼玉県入間市の映画館が8時15分からやっていた。ここは一度、かみさんが長男と「少林サッカー」を観に行ったことがあって、車で行くと30分くらいと意外に近いと言う。初回上映が一番込んでないから良いという。20分前には映画館のチケット売り場に並んでいたいし、車で行くなら少し余裕を見ておかないと、初めての場所だし、駐車場はちょっと迷うかもしれないし、とあれやこれやで6時50分頃、じゃ、行くかと子供たちを乗っけて、家を出た。7時10分に着いてしまった。着いて初めて映画館の開場が8時であることがわかった。呆然。
02年7月30日 月末恒例
やっと10日間連続の講習が終わった。と思ったら月末恒例の〆切が迫っていた。模試が一本。といっても、半年前に7月末日〆切で依頼を受けていたのだから、ここまで充分時間があったハズ。当方に責任有り。しかも、〆切直前の今日になって、いきなり今まで練ってきた構想が、あまりにありきたりだったことに気がついて放棄。一から作り直すという暴挙にチャレンジしてしまっている。だいじょぶか。
02年7月29日 講習最終日
横浜校の東大世界史論述の最終日、テーマが19世紀史全般のテーマ史だったので、第一次産業革命と第二次産業革命が引き起こした社会変化の違いを説明して、ついでに現在の第三次産業革命によって第二次産業革命型の重工業と大企業を中心とする社会が変質し、専門分業型社会となることが予想される、従来型の日本のホワイトカラー層は必然的に縮小にむかわざるを得ないのではないか、という見通しを述べる。必然的に縮小に向かわざるを得ないもなにも、現実に今、個人的な友人関係に限っても、リストラされた奴、会社が倒産した奴、自分はリストラの対象にならなかったけど会社の仲間がリストラで去っていくのを見送らざるを得なくて傷ついている奴、枚挙にいとまがない。昭和38年(1963年)生まれの我々の世代は、勉強して、いい高校に入って、いい大学の法学部か経済学部に入りさえすれば、企業にサラリーマンとして就職できて、年功序列に従って昇進できて、レールに乗った安定した人生を送ることが出来るという信仰が、最も強い世代だという説があるそうだ。そうだろうと思う。世代ごとペテンにかけられていたわけである。
02年7月28日 羽村市はむら祭り
羽村駅前がステージになっていて浴衣を着た人々が行き交う。結構な人出である。茶髪率がやたら高いように思うのは気のせいか。たこやきや焼きそばに、キムチチジミという新顔まで、出店も歩道沿いに連なっている。講習が今日で連続9日目。出店を冷やかす余裕もなく、祭りの喧噪を聞き流しながらひたすら家路を急ぐ。そう言えば中島みゆきに「祭りばやし」という曲があったっけか。
02年7月27日 昭和公園花火大会
立川校から帰宅しようとしたら、花火大会に向かう人波にぶつかる。そういえば昨年もこの時期に同じ立川校で講習をやっていたと、1年間が瞬く間に過ぎてしまったことを確認する出来事にまたぶつかる。瞬く間に過ぎてしまったのに、この間の環境の変化を思ってくらくらする。消えてしまって戻ってこない、美しくはあった錯覚の数々を、痛みとともに懐かしむ。
02年7月26日 講習7日目
やっぱり眠い。早朝からのタームはとにかく眠い。電車での移動中も寝てばかりで、読書タイムなどとんでもない。あと3日、耐久勝負になってきた。
02年7月25日 講習第2週目
今日から新しいタームに突入。前タームから休みなしはさすがにきつい。しかも、横浜校1限である。5日間、5時20分に起きて6時前には家を出る。午後から立川校に移動して、終了は6時30分である。でもここまできついのは、今年はこのタームだけ。ふんばりどころ。
02年7月24日 東洋経済
駅のキオスクで「東洋経済」誌を購入。経済誌など普通めったに買わないけれど、第一特集の「うつ病」についつい。「うつ病になりやすい」タイプチェックが全項目当てはまってしまう身としては、予防・対策は不可欠かと。実際特集記事を読みながら、去年のままの仕事量だったら危なかったかも、と胸をなで下ろす。
02年7月23日 指輪物語
やっと第一部「旅の仲間」を読了。1・2巻がけっこうつらかったけど、3・4巻と加速度的に面白くなり、読書スピードもあがった。このまま一気に第二部と思って講習終了後、下北沢まで足を伸ばして書店に寄ったら、『指輪物語』のコーナーがちゃんとあって第一部の4巻は平積みになっているのに、第二部がない。なんかすごく不思議な売れ方をしている。おかげでおあずけをくった犬状態です。
02年7月22日 電車内読書
講習中は、電車での移動時間が唯一の読書タイムになる。本日は『帝都ウィーンと列国会議』(幅建志、講談社学術文庫、2000年)を読了。エピソードてんこ盛り。たまにはこういうのもいいか。
02年7月21日 腹痛
「論述演習」の授業中、激烈な腹痛と便意に襲われる。脂汗を流しながらの授業を久々に経験。体調管理をちゃんとやんないと。
02年7月20日 初日、初心に帰る
駒場校で講習開始。「論述演習」と「世界史新テーマ攻略、ヒトとモノのネットワーク」。論述演習では、論述問題の具体的な解法を、各問題のテーマ解説と併せて講義。「世界史新テーマ攻略」は、文明圏とネットワーク論という、近年の流行に従って「8世紀の世界」・「13世紀の世界」・「海の道のネットワーク」・「ヒトの移動(アメリカ移民、華僑など)」・「モノの移動(世界商品としての砂糖、茶、コーヒー、綿布)」を扱う。自分でもここ数年、興味を持って取り組んできたテーマなので、初日の講義をけっこう楽しんでやれた。ら、思った以上に生徒諸君の反応も良かった。何か大切なことを思い出したような。
02年7月19日 前日
さあ、明日から講習だっ。という今日のこの日を狙いすましたかのように宅急便が届いた。完成シリーズの論述テキストの初校。校正を24日必着で。あらかじめわかってはいたんだよな。わかっては。明日から29日まで10日間連続で講習。その間に模試の〆切を含め、〆切がこれで三つ。どうしてくれよう。
02年7月18日 そろそろ
夏期講習の準備にとりかかろう、準備を先にやっとくと、講習中に自転車操業で睡眠時間を削らずに済む、やっておくべきだ、と重々承知しているはずなのに。。。以下略。
02年7月17日 『納得しなかった男』
山内昌之の『納得しなかった男』を読んでいる。青年トルコ革命の中心となって華やかに歴史の表舞台に登場しながら、以後アルメニア人虐殺や第一次世界大戦の同盟国側参戦を引き起こし、オスマン帝国の滅亡をまねいたエンヴェル・パシャの生涯を、第一次世界大戦後、つまり彼が主要な歴史的役割を終えた「その後」に焦点をあてて描いた伝記。ノルマンディー上陸作戦にも比すべきイギリスのガリポリ上陸作戦(1915年に海軍大臣だったチャーチルが立案。ダーダネルス海峡の出入り口ガリポリを占領して制海権を確保した上でイギリス艦隊を首都イスタンブル沖に突入させ、一気にオスマン帝国を降伏させようとした)を阻止し、第一次世界大戦後の亡国の危機を救い、トルコ共和国を建国した英雄ケマル・パシャではなく、言わばアンチ・ヒーローのエンヴェル・パシャを主人公にすることで、当時の社会状況や国際状況の複雑さを浮かび上がらせることに成功している。
なるほどと思った。確かに、ケマルを正面から主人公にすると、単純な歴史英雄物語で終わってしまって当時の歴史の実像に目が行き届かなかった可能性大。実際、『納得しなかった男』でも、ケマルに関する描写はやや平静さを欠いて熱を帯び、英雄神話的逸話すら紹介されている。
時は第一次世界大戦が終結したばかりの1918年、11月、場所はイギリス軍が占領するオスマン帝国の首都イスタンブルの名門ホテル、ベラ・パレス
若い軍人が玄関から颯爽と将校マントの裾をひるがえしながら入ってきた。パンタロンには太い赤線。まぎれもなくオスマン軍の将官である。あくまでも濃いブロンドの髪、人の視線を吸い込むような碧眼、前線から帰ったとおぼしき威風堂々たる容姿。ベラ・パレスにいた客たちの目は一斉にこの闖入者に向けられた。男はラキ(トルコの地酒)を注文し、大理石のテーブルに向かってどっかと腰を落ち着けた。サロンには静寂が訪れ、しばらく人々のヒソヒソ声が響いた。しかし、くだんの男がチャーチルの立案したガリポリ上陸作戦を破摧した英雄であることを知るまでにそう時間はかからなかった。
サロンに居合わせたイギリスの将軍は敬意をこめてトルコ人を自席に招待した。男はエレガントな仕草を忘れずに、冷笑を浮かべてきっぱりと辞退した。
「御招待のほど忝ない。しかし、ここではわれわれが主人であり、皆さんは客である。一緒に飲みたいのなら、この席に来たらよろしい!」
剛毅なアングロサクソンの将軍と、剽悍なトルコの若き将軍は互いに席を立つはずもなかった。誇り高いトルコ人は、まもなく同僚や副官を呼んで、ベラ・パレス・ホテルで大胆な謀議を始める。いかにしてイギリス軍など占領兵力に抵抗すべきか、独立を回復する方策は如何に・・・。男は日をおかずに決断する。イスタンブルにいては駄目だ。抵抗と将来の希望は東のアナトリアにある、と。
男はいうまでもない、三十八歳の将軍、ムスタファ・ケマル・パシャ。初代大統領アタテュルクの若き日とベラ・パレスにまつわる逸話である。
私は、ベラ・パレスを訪れると決まってサロンでラキを楽しむ。その度にアタテュルクの放胆な振舞いを思い出し、ひそかに独立戦争の時期に想像をめぐらすのだ。(同書pp.100-101)
で、こういうのを読んでお前はどうなんだと問われたならば、血が熱くなったりするから困ったもんだ。日頃から英雄史観はいかんと主張するわたくしですが、白状するとムスタファ・ケマルは勝海舟と並ぶ私的二大ヒーローだったりする。『納得しなかった男』とは別に、筆者の手によるムスタファ・ケマルの本格的な伝記も読みたい、と思ってしまった。とりあえずイスタンブルに行くことがあったら、ベラ・パレスでラキ。
02年7月16日 いつの間にか
模試などの〆切が忍び寄って来ていた。まったく油断できない。ということで、午前中はパソコンに向かってひたすら仕事。やっている間に自分の中のストックがかなり切れかかっていることに気がつく。新しい知識や学説を常に仕入れておかないと、授業や教材作成の度にそれまでの蓄えが出て行って、自分がどんどん空っぽになっていくのがこの商売の不思議なところ。
というわけで夕方より図書館へ。
02年7月15日 久しぶりに
コンテンツの更新案内です。にを設置。最初のテーマとしてをまとめました。国家論は、近年の論述問題の頻出テーマとなっているのみならず、マスコミなどを通じても議論が盛んになってきています。受験生諸君はもちろん、国家論に感心をおもちの方々も、国家論の前提となる基本的知識の確認にご利用下さい。
02年7月14日 バーベキューパーティー
保育園つながりの知人宅のバーベキューパーティーに参加。備長炭を使った網焼き焼き肉の魅力に勝てず、昼間から大いに食い、かつ飲む。帰宅後、やはりというかなんというか腹痛が再発。不惑まであと1年1カ月。未だ自重すすらままならないい凡愚の身は、如何。
02年7月13日 腹痛
終わったと思ったら腹痛。正直すぎるぞ、私の体調。
02年7月12日 立川校前期終了
今年の前期、なんとか無事終了しました。
02年7月11日 横浜校前期終了
横浜校前期終了。横浜は羽村市からひたすら遠い。特に帰宅時には、横浜から横浜線で八王子、八王子から八高線で拝島、拝島から青梅線で羽村という郊外電車乗り継ぎの最短路線が、電車が終わってしまっていて使えない。で、どうするかというと、横浜から東海道線で東京駅まで行って、東京駅から中央線で青梅直通の電車に乗るという、距離は長いが乗り継ぎ1回で確実に座っていられるという選択肢となる。そしたら今回、東京駅から青梅ライナーが10時20分に出ていることに気がついた。座席指定500円。ちょっともったいないけど速攻でゲット。これは楽だ。くせになりそう。でも、夏期講習や冬期講習の時の1時限からあって早朝から出講の時には、この手は使えないんだな。手がありながら使えない、ということに気がついて、疲労感倍増。横浜校の1限だけはかんべんして、と前々から言っているのに、今年の夏も横浜校で1限が入っているのはなぜ。
02年7月10日 『モンスター』はモンスター
浦沢直樹『モンスター』全巻読了。おなかいっぱい。完成してから一気に読もうと思っていた作品だけど、連作の形式になっているので、その時々に次はどうなるんだろうと待ちわびながら読む、という方法でも良かったかもしれない。読みながら、多分誰も指摘していないけど、皆川博子の『死の泉』の影響を受けている(誤解がないように言っておくと、それで作品にけちをつけてるわけでは全然ないです)のではないか、と思った。
02年7月9日 国民教育
フランス革命は社団国家から国民国家への転換をはかるものであり、個々人を国民(公民)として国家に直結することを目指した。その時、有力な手段として注目されたのは、教育であり、従来カトリック教会が担ってきた初等教育にかわる、国家による公教育が必要とされ、様々な改革案が提出された。谷川稔の『十字架と三色旗』(山川出版社、1997)が、この問題を取り上げている。
で、同書で紹介されているルペルチエの「国民学寮案」。これがなんというか、学校教育に人格教育や社会教育や愛国心涵養の機能を負わせようとしているやたら大きな声の人たちの理想を極限化するとこうなるだろう、というもの。ジャコバン派の指導者ロベスピエールが支持したその内容は、「これまでの公教育論議が知育偏重に陥っていることを批判し、子供の生活習慣全体を陶冶することをめざす全寮制の初等学校の創出を提起する」(同書p.103)もので、以下、同書から引用してみると
共和国の市民にふさわしい新しい身体的・道徳的習慣を形成するためには、子供を古い習慣に染まっている親の影響力から隔離しなければならない。五歳から十二歳(女子は十一歳)までのすべての子供を国民学寮に収容し、「共和国の鋳型に投げ込む」ことが必要だと説いた。そこでは同一の衣服、同一の食事をあてがわれ、体育、徳育、労働実習を中心とした共和主義的国民教育がほどこされる。まさに本来の意味でのスパルタ教育である。(同書p.103)
さて、この内容にわたくしがすぐに連想したのは、カンボジアのポルポト政権の教育だった。理想の共産主義社会建設を名目に自国民に対する大量虐殺を行ったことで知られるポルポト政権では、子供を親元から引き離して国家の子供として教育しようとした。もちろんそれは、被教育者である子供たちの人格を根本から破壊し、傷つけるものであり、そのような教育しか受けられなかった世代の存在は、カンボジアの再建にとっての大きな障害になっていると聞く。「過度に厳格な道徳主義への期待、その教育への適用がどのような帰結をもたらすかということを、二十世紀末のわれわれは知ってしまった」(同書p.105)のである。本書で別に紹介されているジロンド派系と目された数学者コンドルセが主張したように「公権力が設立した教育機関は、いっさいの政治的権威からできるかぎり独立していなければならない」(同書p.102)のではないかな。
02年7月8日 前期最終週開始
日焼けはやはり洒落にならず、相変わらず真っ赤。駒場校でも生徒に笑われたり同情されたり。
やや遅れがちだったので、最終週の世界史論述のクラスは、1時20分開始のところを、昼休みを利用して30分前倒しで12時50分開始という手を使う。したら、前の授業の先生が、延長して12時40分まで授業。10分しか昼休みがないという生徒が出てしまった。該当者の諸君、すまない。でもおかげで進度調整補講を打つ必要なく、無事に範囲が終了しました。
02年7月7日 レッドネック
今年、山内家は地区の役員会で育成担当の順番に当たっております。駆り出されました。小学生地域対抗球技大会の、ソフトボールとキックベースボールの審判員。朝7:00時集合。閉会式終了は15:00。その間3試合の審判員を担当。今日は梅雨の合間の晴天。首から上と、二の腕から先、露出していた部分は当然真っ赤。日頃日にあたらない人間が日焼け対策怠っていたのは大失敗で、明日あたり腫れて熱が出るかもしれない。というわけで、山内をお見かけする皆様、私は海や山で遊んできたのでも、日焼けサロンに行ったわけでもなく、地域住民としての義務に忠実たらんとしてこうなってしまったのだということで、そこんとこよろしく。
02年7月6日 インターネットは使いよう
愛用の検索サイト、googleで「夏・鶏肉・料理」と打ち込んで見たらば、レシピサイトが多数出てきた。さっそくゆで鳥と、卵とトマトのスープをレシピに基づいて作ってみる。けっこういける。これは便利だ。。。
02年7月5日 ダイエットに
自転車通勤の効能を説きまくるというサイトを発見。立川校なら行けなくもない、ということに気がついてしまい、動揺。
02年7月4日 池田理代子
前期も大詰めで近世ヨーロッパ史に入った。今年の早稲田大学法学部や昨年の一橋大学と千葉大学のように、最近の入試論述問題では世界システム論の影響を受けた世界の一体化の視点や、主権国家体制と社団国家の成立など、近年の歴史学の流行を踏まえた出題がされているので、論述試験対応クラスではそうした概念的部分の説明に時間を費やしている。それはそれで現在の世界がどのようにしてでき上がってきたのか、どういう仕組みになっているのかということを理解するために重要なことで、解ってくるとすごく面白いことである(と私は思う)。
ただ、その分、近世史を彩る人物たちの個性や魅力的なエピソードを紹介する時間が削られてしまうのはどうしようもない。それを補う意味も込めて読書ガイド。
中公新書や講談社現代新書には、近世史に登場する君主とその時代について専門の研究者による一般読者向けの著作がある。中公新書で、土肥恒之『ピョートル大帝とその時代』・飯塚信雄『フリードリヒ大王』、講談社現代新書で江村洋『ハプスブルク家』・青木道彦『エリザベス1世』など。特に青木先生(サイン本を持ってるのが自慢さ)の『エリザベス1世』は、最新の歴史学の成果にも目配りした好著。お勧め。
意外なところでは、『ベルサイユのばら』で有名なマンガ家の池田理代子が、この時代に取材した作品をいくつか描いている。なかでも、ポーランド分割の主役となったロシアのエカチェリーナ2世について『女帝エカチェリーナ』(中公文庫コミック版、1994)とポーランド分割をポーランド側からの視点で描いた『天の涯まで』(朝日新聞社、1991)がセットでお勧め。特に『天の涯まで』は、連載されたのが今は無き硬派雑誌「朝日ジャーナル」で、主人公が日本でも比較的知られたコシューシコ、ではなく、当時のポーランド国王(若き日のエカチェリーナの恋人でもある)の甥ユーゼフ・ポニャトフスキという、参りました、の作品。
02年7月3日 調子に乗って
今日も夕食を作る。作り慣れたフライパンカレーだったけど、ニンジンがちょっと固かった。なんだかいつもいつも画竜点睛を欠く。一事が万事でどうもいけない。そんなことを思いながら洗い物をしていると、長男が、お父さん、「ためして合点」みないと、と言ってきた。なんでだ、と思ったら洗い物特集であった。番組で得た知識をもとに、早速息子にチェックされる。ダメを出される。なぜにこのタイミングでこうゆう番組を放送するか。NHK。
02年7月2日 久しぶりに
夕食を作る。ホームパーティーのおりに、旦那が料理をしない、ということが奥様方の格好の話題となったこともあり、少々汚名挽回を図らねばと。ゴボウとニンジンの千切りを、醤油と日本酒で味付けしたしいたけのだし汁で下茹でし、同じく千切りしたキュウリとともに、豚肉で巻く。小麦粉をまぶし、フライパンにサラダオイル大さじ2を入れて軽く炒めた後、下茹でに使っただし汁に砂糖と酢を加えて煮つけて、野菜の肉巻きの出来上がり。もう一品、同じ豚肉と茄子を使って味噌汁を作る。さて結果、子供たちは野菜の肉巻きの方は喜んで食べたが、味噌汁の方は、茄子がお気に召さなかったらしく、不評。料理の道は厳しい。
02年7月1日 サラディンの日
ここでいうサラディンとはもちろん聖地イェルサレムをキリスト教徒から奪回し、第三回十字軍と戦ったあのサラディンである。『サラディンの日』は、青池保子のマンガのタイトル。初出は1988年だけど、現在秋田文庫で入手可能。さて『サラディンの日』には、サラディンはほとんど登場しない。だから、サラディンの伝記マンガだと錯覚して購入した人は、一瞬失望するかもしれない。描かれているのは、サラディンの攻勢を受けて撤退しようとするキリスト教修道騎士団の無名の青年修道騎士たちの活劇だからである。同じ巻に収録された続編の「獅子心王リチャード」でも、イギリス王リチャード1世は物語の背景をなす脇役に過ぎない。青池保子がここで採用しているのは、歴史的事実を正確に踏まえた上で、あえて歴史的人物ではなく無名の人物を主人公とすることで英雄史観を避け、時代の雰囲気そのものを描き出そうという歴史小説の正統的な手法だからである。実際、「獅子心王リチャード」ではリチャード1世は「獅子の心を持った勇猛な風貌を持つ」「戦争と冒険を追い求める遍歴の黒騎士」としてではなく、「船酔い体質」の「気まぐれで短気で傲慢」な人物として描かれている。そのごくごくさりげない偶像破壊ぶりは、いっそ痛快ですらある。十字軍の時代に興味がある人にはおすすめ。青池保子には、その他『修道士マルコ』という、中世の修道院の世界を舞台にしたマンガもある。ここでも、中世修道院の日常が徹底した取材のもとに再現されている。おすすめ。
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